正義乃剣
 妹はまだ少女の可愛さが残るけど、姉は大人の色気がただよってるな。
 そんな、場違いなことを考えている自分に愕然としていたのは、それ以上に自分の行ってしまった行為と向き合うことを無意識に避けようとしたからだろうか。
 “スウィートローズ”と名乗った悪党を斬るはずだった。だが、よりにもよってそんな悪党を彼女―レイニーの姉クラウディアは身を呈してかばったのだ。必殺を喫した一振りは、討つべき悪党ではなく、救い出すべきレイニーの姉を貫いてしまった。

 よりにもよって護り手であるべき、自分が。

 レイニーの悲鳴が聞こえる。
 思わず引き抜いた不動剣は彼女の血に染まり、それ以上の血潮がクラウディアの腹部を染めていく。くたり、と力を失ったクラウディアは地べたへとくず折れた。

 一発の銃声が聞こえ、“ホワイトアイ”が地に伏せる。
 怨嗟にも似た猟犬の静かな咆哮が“スウィートローズ”の意識を奪う。
 それで、決着は付いた。

 自分は何をしたのだろう。
 倒すべき敵を斬ったはずだった。倒すべき敵は人を商品としか思わない悪党で、斬られても当然の相手だったはずだ。なのに、なぜか自分の剣はそんな屑をかばった助けるべき対象を貫いてしまったのだ。

 なぜ?

 ただ茫然自失として、愕然とした武者小路に黄金の猟犬の美しき警部補は言った。
「彼女は事件の重要参考人。シルヴァーレスキューを呼んだから、必ず救える。いや、救わなくてはならない」
「そ、そうか…」
 ただもうほっとした、という想いが全身の力を奪い、あるいは心まで虚脱状態にしてしまったのかもしれない。姉の危機に焦燥と怯えを浮かばせていたレイニーも、美しき猟犬の言葉に滂沱する涙が留まったようだった。笑顔はないが、いずれは戻るだろうとは思った。

 しかし、どうだろう。
 改めて自分の手にした不動剣を見る。そこにべったりと残る血の禍々しさは、自らの信念を崩壊させるに足る十分なものだ。それは護り手をスタイルとした武者小路の矜持をすべて否定している。戦わなければ護れないとはいえ、その暴力は正義のために振るわなければならないはずなのに。

「はははっ、その女もいい気味ね」
 女の声がした。
 ハイウェイの壁にぶつかって停止したトレーラーの中から探偵と記者が捕らえられていた女性達を助け出していた。特に大きな怪我を負ったものはいなかったようで、多少疲れた様子でよろめいてはいたが、問題はなさそうだ。
 その中の何人かがこちらに近付いてくる。そして血を流し倒れ伏すクラウディアを嘲るようにそう言った。一人が嘲ると、次々に悪意の言葉がつらなっていく。
「自分ばかり助かりたいために、一人だけ勝手に愛人になって!」
「みんなで助かろうって励ましあっていたのに!」
「身勝手な女、死んじゃえばいい!!!」

 助かったはずなのに。
 これで皆幸せになれるだろうと、そうなるはずなのに。
 武者小路が正義と信じて進んだ道の先に、憎悪が弾けていた。
 救うべきものたちが、罵っていた。

 なぜ?

 困惑する武者小路は茫然と立ちすくみ、女性達とそして姉にしがみつくレイニーの間に視線を泳がせる。焦点の合わない弱々しい意志がすがるように何かを求めていた。
 武者小路が信じるべき力強い正義という価値観を。
 だが、その視線の先にあったのは敬愛してやまない姉を罵倒され、震える少女の姿だけ。
 レイニーは女性達の罵りの言葉が落ち着くまで、何かを待つようにじっと形のない言葉の槍を耐えつづけ、姉を護るようにじっとうずくまっていた。
 やがて、言葉が途切れ、女性たちの中に吹き荒れた感情の嵐は集束していった。残ったのは渇いた隙間風のような、空虚な静寂。
 レイニーの視線が女性達を捕らえ、それからゆっくりと武者小路に移る。何かを訴えるその視線には蠱惑的な強制力があることを感じずにはいられなかった。
「お姉ちゃんをバカにするような奴は死んじゃえ」
 言葉に込められた想いに反してレイニーの声は静かだった。ただこれ以上ないほどに辛辣で、これ以上ないほどに冷淡だった。女性たちを心の底から否定する、現実的な言霊だった。
「ねえ、武者小路さん。あの人たち、わたしの大事なお姉ちゃんをバカにするんだよ。そんなの許せないよね。ねえ、あんな人たち、死んじゃえばいいよね」

 少女―レイニーにどこか惹かれる想いがあったのは事実だった。
 容姿の可憐さはもちろんある。ストリート生まれだと言うが、どこか芯の通った意志の強さと強気の表情。けれども自分の見せる頼り切り、信じきった安心の瞳。
 護り手でなくとも、護りたくなる少女に、何も感じずにいられようか。
 だが、むろん十も年齢の離れた相手に必要以上の感情―好意を抱くはずはなかった。自分は護り手で、だから護るべき相手から好意の交じった感謝をされることはあっても自ら必要以上の感情を抱かない。それはプロフェッショナルとしての必須な条件。
 だからこそ、一時的な感情に流されてしまうことはない。
 そのはずだった。

「ねえ、武者小路さん。わたしのヒーロー。大事なお姉ちゃんをバカにする人たちを殺してよ」

 なぜ?
 その時、なぜ自分がそうしてしまったのか。あとで振り返っても正直わからない。
 ただ必死の想いを伝えてくるレイニーの視線に、信じきったその表情に。
 思考を拒絶して感情と肉体が反射的に動作してしまったとしか言い表せない。
 ありえないはずだ。護り手である武者小路眞太郎が、無抵抗の女性たちを手に掛けるなどとは。そんなことはありえない。ありえてはならない。

 目前に広がる光景をどこか他人事のようにそう判断する自分がいた。
 焦りと驚きの表情で駆けつけた探偵も記者も、美しき猟犬も。
 誰も止めることさえできないほど、鮮やかに、悪を討ち滅ぼすべき武者小路の剣が女性たちを斬り、突き、払い、打ち倒していた。

 怒りでも、憎しみでもなく。
 ただ、たぶんそれは少女レイニーを愛しく感じる感情が故に、武者小路の剣は振るわれてしまったのだ。少女に強く女性を意識などしていなかったのはずなのに、目前に広がる血の海はそのすべてを、――武者小路の誇りさえも否定してしまっていた。

 なぜだ!

 声にならない感情が護り手の全身を震わせる。
 だが、救いを求めるように見上げた彼の手を、そっと握ったのは嬉しそうに微笑みを返す少女レイニーだけだった。


 色々と思うところがあって、前回アクト『正義乃味方』におけるクライマックスシーンのイメージを文章化してみました。プレイヤーである神牙さんにも許可を貰っていない状態なので、もし問題があるようでしたら、すぐに掲載を止めますのでご一報を。

 あのクライマックスに於いて、プレイヤーの視点からすると殺人を強制されたという印象が強くなります。ですが、マネキンの神業≪プリーズ!≫はその魅力などによって、対象が思わずそうしてあげたくなるという神業。あの時、プレイヤーはともかく、キャストはレイニーの意志を積極的に肯定したいと想ったからこその、あの結果なのだと私は考えています。