それはあくまで日常的な

『……を、アサクサ銃乱射事件の重要参考人として追っているとのことです』
 車載のトロンからながれる、無機質な声の臨時ニュースに、ロウヴァーは音声よりも無機質な表情のままで、両手で固くハンドルを握り締めた。
 必要以上にアクセルを踏み込んで、そのままどのくらい走っただろう。
「……は」
 不意に、唇の端が歪んだ。
「ははは、はは、はははははっ」
 その瞬間、堰を切ったようにあふれ出す自嘲の笑いを、止める努力はすでに放棄していた。
 着せられた汚名は、よりにもよって無差別大量殺人。これが、笑わずにいられるだろうか。
 この後の報道の流れは、簡単に想像がつく。名前を出さずに『重要参考人』を特定するありとあらゆる情報を、奴らは垂れ流すだろう。探偵を、賞金稼ぎを始めた事情、ブラックハウンドを辞めた経緯、そして実の妹の起こした事件とその顛末。それを悪意を持って面白可笑しい喜劇に仕立て上げ、お茶の間の皆様にお届けする為に、メディアはその強大すぎる刃を振るうのだ。
 ──リンクスに、見慣れたアドレスからの連絡が入らなければ、見た目以上に足回りは軽いビートルのレプリカは、目的地に着きもしないで、ドライバーの激情にまかせて迷走を続けたかもしれない。
『……お前、一体何に首突っ込んでるんだ!?』
 つないだ途端、聞こえたのは聞きなれた怒鳴り声。運転中には画像を切る習慣のあるロウヴァーにも、相手の表情が容易に想像できた。
 自分に対して、これっぽっちも疑いを持たない存在。それだけで、不思議なくらい急激に、頭の一部が平静を取り戻す──たとえ芯は冷えることなく煮えたぎっているままだったとしても。
「何をいまさら。首を突っ込むのがお仕事なんですけど、俺は」
 いつもどおりのこの皮肉な口調は、いつの頃から身に付けたものだったろう。
「だいたい、お前には言われたかないね。俺以上に厄介事に首突っ込みたがるトーキーさんや」
 ──そして、この口調にずっと付き合ってきた相手は、いつもどおりに溜息ともつ嘆息ともつかない息を吐き出して、それからこう言うのだ。真剣な声で。
『……大丈夫、なんだな?』
「大丈夫だよ。オールグリーン、全く問題ない」
 向こう側で、もう一つ溜息。
 この、勘が鋭くて、おまけに自分のウィークポイントを熟知している幼馴染を、言いくるめられるとは思っていない。
 けれどそれでもきっと、彼はこう言うのだ。諦めたように。──理解と経験とに基づく、確信にも似た予測。
『……わかった。気をつけろよ、くれぐれも』
 それは言うなれば、同じ瑕を共有する相手への、悲しき信頼感。



 ポケットロンのスイッチを切って、さらにもう一度、大きく溜息をつく。
 それを聞きつけて、傍らで敏腕編集長がにやりと笑った。
「なんや、お前さん例の銃乱射犯の知り合いやったんか。それならどや? 後手に回ったかて十分トクダネ拾ってこれるやろ」
 半分は揶揄──つまり50%程度はYESと答えれば紙面の枠を空けそうなふうにも聞こえる九条の言葉に、白髪のトーキーは急に温度を低下させた眼差しを投げかけて、
「やめた方がいいっスよ」
と、投げやりな口調で答えた。
「どんなに小さくたって、お侘び記事にスペース割くのは面白くないでしょう? それに、訴えられたら慰謝料払うハメになりますよ。……訴えやしないだろうけど、あいつは」
 そんなことをしても瑕は癒えないことを、知りすぎるほどに知っている。ならば、そんな無駄なことに労力は割かない。彼が知るロウヴァー=ラドクリフとは、そう言う男だ。
「は、さよか」
 特にしつこく押すわけでもなく、つまらなそうにそれだけ言って九条は引き下がる。
 ──真実かどうかはさておいて、話題を食い散らかし使い捨てしながら、売る為のセンセーショナルな記事をバラまいていく。堕ちた猟犬の最も嫌うメディアの一側面を体現したようなこのスポーツ紙に、自分が関わっているということを、多分彼は許さないだろう。自分が、彼自身の妹に与えられたものと同じ裁きを他の犯罪者達にも与える為、手を汚していくことを彼が選んだと言うことを、許さないのと同じように。
 痛みを感じるはずのない右腕が、わずかに痛んだ、気がした。
「それよりも、九条さん」
 だから、グラブをはめたままの右手を、ドン、とデスクに叩きつける。その上には、今どき滅多にお目にかかれない、紙媒体の写真が数枚。
 芸術的といっても良い構図で四角く切り取られた画面の主役はどれも──死体ばかりだった。
「本題に入りましょうや。このネタ、いくらで買います?」
 殺人ネタ専門のフォトジャーナリストは言って、幼馴染のそれとよく似た暗い光を燃やした瞳を、まっすぐに編集長へと向けた。



自宅アクトではなくて、以前さいころ亭の例会でやった神牙さんasメアリとの二人アクトに触発されたワンシーン、書きかけで放置してたのをこのたび完成させたので、せっかくだから法条君に続いて公開させていただきます〜。
別名「ボクがトーキーを嫌うわけ」。……やけに遠まわしに書いてますが、要は過去の事件でえらい報道被害を受けてるからだとご理解下さいまし。
途中からシーンキャストが変わってたりしますが、そこには目を瞑っていただければ。ちなみにそっちも緋月の持ちキャストです。いずれお目見えする機会がありましたらぜひよろしくお願いいたします。