クグツたちの事情

「三峰君さあ、なんか言うことあるんじゃない?」
 何気なさそうに、声をかけた。
 実際、ハルトにとってみれば何でもないことではある。
 いつもどおりの“アルバイト”。探っていくうちに浮かび上がった、同僚への疑惑。彼の抱えているらしい、のっぴきならぬ事情。
 それだけのことだ。彼の事情は彼の事情であって、ハルトの事情ではない。
「……何のことだ?」
 案の定、三峰は問いを問いで返した。
 “新月”三峰義孝。千早重工後方処理課第3班の腕利きたちの中でも、頭一つ抜き出た男だ──腕においても、精神においても。
 相手の目の付け所は、間違っていないとハルトも思う。だからこそ、彼が絡めとられているこの状況は、よろしくないというのがクグツ的な感想だ。
 その上、自分でも自覚しているくらい、知り合いにはある意味甘いという一面が、ハルトにはある。一人では生きていけない、彼の弱さが身につけさせたそのらしからぬ行動原理が、美徳と呼ばれるべきものであるのかそれともただの処世術に過ぎないのかは、自分を分析する趣味のないハルトには未だにわからないものであったけれど。
 目をそらすように向こうを向いた三峰の背中を見ながら、そのままの口調でハルトは続ける。
「悪いようにはしないよ? ……まあ、何もないって言うなら俺は別に良いけどさ」
 駄目で元々、くらいのつもりではあった。乗ってこないなら仕方がない。後は判断を上に任せるだけだ。個人的なもの以上の判断は決して行わない、それがクグツとしてのハルトのスタンスだった。
 もちろん、三峰が乗ってくれば、彼のために個人として最大限の協力は惜しまない、というのも本心だったが──
 乗ってくるはずがない、と確信しながらこういうことを言う自分は、つくづく知り合いには甘いと、内心苦笑する。
 そう、乗ってくるはずがない。それが三峰という男だ。
 ──その確信があったからこそ。



 瞬間、空気が変わった。
 振り返りざまに三峰の抜いた刃が、軌跡だけを残して一閃する。
 見えざる刀。“新月”の由来ともなった無明の一撃を──



 辛うじてかわすことができたのは、その確信があったからこそだった。
 三峰の刀が、一瞬前までハルトの存在していた空間を薙いで、綺麗に二分された帽子がぱさりと落ちる。
 そのほんの半歩分後ろで、ハルトは短く息をつきながら、首筋を冷たいものが伝うのを感じていた。
 わずか身を引く。彼が取った動作は、極論してしまえばそれだけのことだ。だが、対峙した男の空気に当てられて、異常に動悸があがっていることをどうしても自覚せざるを得ない。
 彼の纏う殺気に、自分は確かに怯えている。理由もなくただただ生き続けることだけを望んで生き続ける永生者の、おそらくは最も根源的な感情──死への恐怖を、確かに感じている。
「……やだなあ、結局こういう手段に訴えるんじゃん」
 だから、声が震えそうになるのをねじ伏せて、軽口を叩いた。叩けることに安心するために。自分がちっぽけなものであることを自覚することこそが、ハルトが自らを律するための方法だったから。
「私は、娘を守らなくてはならない。どんなことをしてでも、絶対に」
 返ってきたのは、揺るぎない声。
 三峰の、感情を押し殺さずまっすぐ立ち続けるクグツらしからぬ性格が、ハルトは結構好きだったから、その予想通りの声音に、少しだけ悲しくなる。
 だから──というわけではないが、いつもどおりにハルトは笑った。
「だからってこれじゃ、ナンバーズの思うツボだろ三峰君」
 二重スパイであることが発覚して、三峰が後方処理課の手で処理されるなら、それはそれで良し。そこまで組み込まれて彼は狙われたに違いないのだ。実際、彼ほどの腕利きを失うことは、千早にとっては大きな痛手なのは間違いない。
 ハルトの身につけた技術は、基本的に『一方的に殺す』ためのものだ。殺す気満々の相手に対して殺さずに戦闘能力のみ奪う、という戦い方とは、ベクトルが正反対を向いている。なんとも向いていない状況に陥ったと、しみじみ思う。
 そして、個人的な感情からではなく、クグツ的に考えて三峰の生存を望む自分にふと気付いて、もう一度、顔には出さずに苦笑した。
「ま、しょうがないか。やるだけやってみましょ」
 中指のリングに仕込んだワイヤーを引き出しながら、ハルトは一瞬、緑の大きな瞳を伏せる。



 そして、血のように鮮やかな紅に染まった瞳で、“緑紅石”はまっすぐに“新月”を見据えた。


……というわけで、23日のアクト「わたしの居場所」での1シーンを小説で書いてみました〜。
これだけの文章書くのに4時間。緋月、遅筆にもほどがあります。
まるでクライマックス前のようですが、この後の三峰戦は実はまだクライマックスにはあらず。ですが、ハルトにとってのクライマックスは、このシーンに他ならなかったと思うのです。三峰がかっこいいクグツだったおかげで、PLのモチベーション高かったし。
おかげさまで、この後のシーンはだらだらと観戦モードで楽しんでました(笑)


まあ、リプレイ小説というよりは、ロールプレイではなかなか演じきれないハルトというキャストの無理やりな紹介だと思っていただけると良いかと存じます☆